2011年 12月 14日 ( 1 )
ささやかに
先日13日は両親の結婚記念日でした。

何回目なのかはわからないけど、とりあえず思い出したので

母親の好きなパンを買って

『長い結婚生活御苦労さま。』と

決して幸せだったとは言えないであろう何十年かの結婚生活をねぎらいました。

母は、

『結婚とは耐えること。私は結婚してこの家にきて耐えるということを学んだ。』

と言いました。

嫁姑のいざこざや価値観の合わない夫との生活は、現代の人ならばとっくに離婚していたほど

つらく大変な生活だったろうと思います。

私にとっては祖母も父も母も大好きな人達なので

ばらばらにならず生活できたことをうれしく思うのですが

母にとっては苦痛であり、幼かったとはいえそれを理解してあげられなかったことは申し訳なく思います。

祖母は亡くなり今となっては嫁姑の話も思い出話になりました。

父との生活はこれからもまだまだ続きますが、時々口喧嘩しながらも

昔ほどの諍いもなく、まぁまぁうまくやれているのではないかと思います。

孫の顔も見せてあげられないどころか行かず後家になりつつある

親不孝な娘で申し訳ないという思いもありますが

私には母のように『耐える』ことはきっと無理だろうな、とも思ったりします。

もし私が嫁姑を経験することがあれば、きっと母のすごさを痛感するんだろうと思います。

・・・が、経験したいようなしたくないような。

結婚とは、決して甘いものではなく、ゴールではなく始まりであり、

長く険しい道のりで、その時々にちらちらとわずかな楽しみと喜びが潜んでいる

とてもとても面倒なものなんじゃないかと



そんな結論にたどり着いてしまったようです・・・。
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by cloudpark | 2011-12-14 21:44 | 思い考える


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